旅を終えた男


ウシュアイアにはもう一人日本人が住んでいる。町の中心から少し坂を上った所にある小さなキオスクを経営している。この町で友達になったブラジル人のバイク旅行者に“すごく変わった日本人が居るから行ってみろよ”と言われ店を訪ねると彼は少し変わった日本語で僕を歓迎してくれた。見た目からも日本語からも初めは日本語を勉強したことのある現地人かと思ったほどだが、話を聞くと彼は昔日本からアメリカに125ccの小さなバイクと共に船で渡り、所々でお金を稼ぎながら南へ南へと旅しここに来たのだという。当初北に旅を続けるつもりだったけれど、当時地球の反対側の日本から来た日本のバイクに乗った若者は珍重され警察から居住権もプレゼントされて、気がついたら住んでいたのだそうだ。ささやかなお店だけれど、タマキ、タマキと常連の客から慕われ“ここの女の子は可愛いんだよ”と言って嬉しそうに話すおじさんは幸せそうだった。
 “僕はね、地球の底から日本や世界を眺めてね、人間ってのはこういう事をする生き物なんだなってのをいつも面白く眺めているんだよ”という彼の言葉や表情には昔彼が持っていたであろう情熱や夢はもう無かった。もう60歳に近いくらいに見えたからギラギラしていないのは当たり前だけれど、彼の話を聞くのはやっぱり少し寂しかった。

この日出発するつもりだったけれど、彼の店で色々とご馳走になったり、あっという間に時間が過ぎ午後になってしまったので、この日は諦め山手にある氷河に上りに行った。山からの街の眺めも素晴らしかった。

 翌日出発前に彼の店にお別れの挨拶に行くと果物や飲み物など、彼の店にある商品をたくさん持たせてくれた。彼も旅の中で受けてきたであろう親切を、もう2度と会わないかもしれない僕に今返してくれている。僕は今まで世界を旅してきて、生きてきて本当にたくさんの人達の親切を受けてきた。残念ながら彼ら一人一人に恩返しすることはできない。僕も彼の様にこれから出会う人々に感謝の気持ちを返していけたら嬉しい。