アルゼンチンとチリの確執   


パタゴニア南部はアルゼンチンとチリの国境線が入り組んでいるので何度も両国を出たり入ったりしないといけない。南端のフエゴ島の領有権を巡っては長い間争いが続き今の国境線になったのは近年の事らしく、現在、アルゼンチンから陸路世界最南端の町ウシュアイアに行くには一度チリに入国し、フエゴ島に渡った後再びアルゼンチンに戻らなければならない。それぞれの国で出国と入国の手続きをしなければならないので僅かな距離なのに4回も面倒な手続きで時間を潰されることになる。国境紛争とは縁の無い外国人旅行者や一般市民には面倒極まりない。旅の途中双方の国で、冗談交じりではあるが相手の国の悪口を何度か耳にした。フォークランド紛争では南米の国で唯一チリがイギリスに協力している。僕は両国の歴史を知らないから思うのだが、どうして彼らはそこまで国民感情が対立するのだろうか。どちらもスペイン語を話すし、人種も僕には見分けがつかないことが多いのに。
 南米大陸本土からフエゴ島にフェリーで渡る車の殆どがアルゼンチン側、ウシュアイアへ向かうのだが、アルゼンチン国境へ向かうチリの道は未舗装で悪く、道路標識にはアルゼンチンへ続いていることを示す文字すら無い。そしてアルゼンチンに再入国すると再び綺麗な舗装道路と道路標識が待っている。これは国力の違いでは無く“アルゼンチンに金を落としに行く車のために金なぞかけられるか”というチリ政府の嫉妬だろうと想像できる。チリは道を舗装する経済的余裕は十分ある国だからだ。

 南極大陸の南極半島を含む一部領域については今も両国が領有権を主張しあっている。両国ともに南極条約にサインしているけれども、領有権を宣言したのが条約の締結される前だったから主張すること自体は条約違反でも何でもない。しかし南極の一部を切り取って領土を主張しあう両国の地図は、どうでもよい僕には滑稽にしか映らない。

リオガジェゴスを63km南下するとアルゼンチンの国境事務所がある。ここで出国手続きをしていると係官がスペイン語で“セグーロを出せ”としつこく言ってくる。状況からセグーロとはバイクの保険のことだと分かったけれど、保険など何も入っていなかったから言葉が分からないふりで通していたら“今度入国する時までにセグーロに入れよ”と言って見逃してくれた。後になって知ったのだが、アルゼンチンを外国の車両で走る場合には旅行者用の短期の保険に入らなければいけないのだそうだ。それ以後何度かアルゼンチン国境を入出国したけれども旅の後半に国境で入らされるまでは何も言われなかった。国境手続きそのものは面倒だけれども場所によっては人間味のある対応をされることもあり面白い。外国人旅行者からの苦情を受け付ける電話窓口があったりして国境係官のサービス向上の取り組みがされている様子だった。
 チリの国境は全体的にもう少し厳格で係官の態度も事務的でやっかいだ。チリにはフルーツや肉類などの持込が出来ず、殆どの場合荷物の中身を調べられる。見付かると重い罰金刑などを食らうので注意しなければならない。この最初のチリ入国ではあまり意識していなかったが、パラグアイのナッツ農家で頂いたマカダミアナッツを“これは何だ”と指摘されたので、美味いナッツを没収されてたまるものかと思わず“食い物じゃない”というと上司と相談してくれて許してもらえた。それからはチリ国境手前では極力生鮮食料品を買うのは避け、胃袋に詰め込んで国境を越えることにした。