エンジントラブルとの戦い


国境から130kmほど悪路が続き綺麗な舗装路に出たところにチリ側の初めての村Socaireがある。人種はアルゼンチン側と同じ先住民に見えるが、土を焼いたレンガの家に住むアルゼンチンに対し、こちらは石を積み上げた壁に草ぶきの屋根だ。

 標高を2000m台まで下げたのだが、どうもエンジンの調子が悪い。エアクリーナーを外していたから空気を吸いすぎて調子が悪いのかと思って元に戻したけれども変わらずパワーが出ない。恐らくキャブレターの通路に埃や砂が噛み込んでしまったのだろうと思ったが整備するのに十分な工具を持っていないから80km先の目的地サン.ペドロ.デ.アタカマ(SanPedoroDeAtacama)まで行くしかない。遥か彼方まで遠くを見渡せる気持ちの良い緩やかな下り坂なのに、エンジンの調子がどんどんと悪くなって景色どころではなくなってくる。スピードもどんどん下がり50km/hも出なくなり、突然に止まってしまった。止まるときの感触からガソリンが切れたことが分かった。

アルゼンチンの最後の町コブレスからSico峠を越えて目指すチリの町サン.ペドロ.デ.アタカマまでは地図で見ると約350km。この間ガソリンスタンドは無いしガソリンを売ってくれる民家も無いと聞いていた。殆ど4000m前後の標高だし、ずっと悪路なので燃費が悪くなる。殆ど車の通らない国境なので道に迷う可能性もある。だから5リッターの予備タンクの他にレストランで貰ったり道で拾った空のペットボトル4本6リッターにもガソリンを入れ合計21リッターで出発していた。燃費はどんなに悪くても20km/lくらいだったから十分に余裕があるはずだったから、まさかのまさかだった。ガソリンコックをリザーブに切り替えればまだ2リッターくらい残っているが、予期せぬ程燃費が悪くなっているから街までたどり着けるかかなり怪しかった。計算すると厳しい結果が出たので、下り坂で惰性で走れるところはエンジンを切り、平らな道もなるべく高めのギアでトロトロと走った。しかし残り10kmでついに再び止まってしまった。炎天下をモトクロスブーツを履いて押し歩く事を考えると気が遠くなる。ガソリンタンクはフレームを跨ぐ様にして取り付けられているので、ガソリンコックが付いている方が空っぽになってもバイクを倒して反対側に僅かに残っているガソリンを使う事が出来る。確かにエンジンは再び息を吹き返したが10km走る自信は無かった。街が近くなって通り沿いにポツンと家が見えると、そこに飛び込んでガソリンを売ってくれるように頼んだりもしたが手に入らなかった。殆ど諦めていたが、しかし祈りながら走ったからだろうか、間一髪間に合って緑と水のある砂漠の中のオアシスの街に入りガソリンスタンドに滑り込んだ。

ガソリンを入れて一安心すると、今度は車の修理屋を探し出して工具と整備場所を貸してもらえる様に頼み込み、炎天下で滝のように汗が出るので裸になって作業をした。やはりキャブレターのスロージェットという部品が砂埃で詰まっていた。店が閉まる夕方には元の元気なエンジンに戻り礼を言ってお金を払おうとしたが受け取ってくれなかった。問題も解決し、親切にも恵まれて晴れやかな気持ちで宿探しに出掛けた。

 ここは小さな町だが観光客で賑わっている。アタカマ砂漠、間欠泉、塩湖などの観光資源が近くにあり、チリとアルゼンチンとボリビアの国境が交わる場所に近いので観光基地になっているのだ。如何にも観光を意識して作られた街並みは砂漠地帯のオアシスのような雰囲気で悪く無い。狭い歩行者天国の通りの両側には土産物屋、ツアー会社、レンタルバイク、両替屋などが軒を連ねる。しかしやはりチリの観光地だけあって全ての物価がアルゼンチンとは比べ物にならないほど高い。塀に囲まれた狭くてテントだらけのキャンプ場に泊まって1泊3500ペソ。アルゼンチンなら同じ値段でまずまずの宿に泊れる。両替屋でボリビア通貨ボリビアーノを買ったが、とても悪いレートだった。しかし目指すボリビアの国境付近には町は見当たらないから町に出るまでの数日間分のボリビアーノを持つ必要があった。