悪夢その3


プエルトモンでは久しぶりに安宿に部屋を取っていた。大きな町でキャンプ場があるような雰囲気ではないしバイクの問題を解決するためにこの町にいたので余計な労力を払うつもりは無かった。宿はバスターミナルに近く、歩いて魚市場の散策や買い物も済ますことが出来て便利だったし部屋も清潔だった。日本のガイドブックにも載っているらしいので多少信用もしていたが、片言の日本語で“大丈夫。問題ない”が口癖の雇われ管理人はどう見ても大丈夫じゃなさそうで怪しい雰囲気だったから警戒もしていた。ブラジルを出発して4カ国目のチリ。それぞれの国の通貨に加えアメリカドルも持っていたから全てを持つと財布に入りきらないし、盗難や強盗のリスクも考えて財布は分散しポケットには現地通貨しかいつも入れていなかった。この日はチリペソ以外は宿に置いて行った。部屋には鍵もかかるが用心のため財布はスーパーのビニール袋の中に入れて、まだ洗っていない温もりの残るパンツにグシャっと包んでカモフラージュしておいた。

 バイク屋から帰り、着替えの用意をしようとしている時に何となく置いていたパンツの形が違うような気がして中を調べて唖然とした。良く見ないと気が付かなかったかもしれないけれど縛っていたビニール袋の横に手で引っ張って裂いたような穴が開いていた。小銭は残して札だけ全て消えていた。元々いつも必要最小限だけカードで現地通貨をキャッシングするようにしているから大金は入れていなかったけれど、総額は多分5万円ほど。南米、特にアルゼンチンでの価値を考えると少ないとは言えない額だった。頭にきて管理人に事情を問い詰めるが掃除の人も入っていないし、知らないという。勿論可能性があるのは彼だけではない。警察を呼んで夜遅くまで事情聴取を受ける。実況見分で警官が扉の前に行くと、おもむろに何かのカードを財布から取り出して扉の隙間にカードを上からゆっくりと通していく。するとロックしていたはずの扉が開いてしまった。“こういう構造の鍵はよくあるんだよ”と言って残念そうな顔をしていた。要は鍵は無意味だったということ。悔しさとショックで食事も睡眠も殆ど取れなかった。翌日警察や裁判所やらに出向いて色々書類を作ったりしたが、金が戻ってくる訳ではなさそうだし精神衛生上良くないのでそれ以上関わるのは止めにした。

 悪いことばかりではなかった。部屋の鍵は開けられてしまったけれど、ガソリンタンクの鍵も鍵屋さんの努力のお陰で開けることが出来た。タイヤのビードが上手く出ていなかったので近くのタイヤ屋さんに空気入れと工具を借りに行くと背広を着た社長が出てきて一緒に手を油で汚して手伝ってくれた。しかもお金は要らないと言う。港の魚料理屋では客のチリ人の女の子達に珍しがられて写真をねだられるモテっぷりだった。一難去ってまた一難。しかし地獄の気分の後の天国の気分。終わり良ければ全て良しという事にしておこう。