イスラエル人旅行者


美しく平和な地球の果ての様な村Pt.Puyuhuapiでは自転車旅行やバイク旅行の団体と出会い自転車旅行者達とキャンプをした。人と話すとガソリンタンクの悩みも半減し気分が晴れて大分楽になる。キャンプ場にはアルゼンチンからレンタカーで来ていた若いイスラエル人カップルも居た。
 世界を旅行していると兵役を終えたばかりのイスラエル人に会うことが多い。日本人が卒業旅行に出るように彼らも軍隊からの卒業旅行に出る。勉強からの開放と紛争地域の軍隊からの開放は随分と違う意味を持つのだろう。
 そのカップルは明るい欧州人達とは対象的に物静かでキャンプ場の共同テーブルで少し孤立していた。オートバイは車と同じくエンジンで動く乗り物なのに旅行者の心理としては自転車旅行者に近く、バスや車の旅行者との間には見えない一線がある。だから彼らが孤立するのも分からないではなかったけれど、事情はもう少し複雑だ。彼らが居ないときの自転車旅行者達の会話にチラッとイスラエル人を風刺した雰囲気があるのを聞き逃さなかった。僕からしてみれば自転車旅行者の欧州人もイスラエル人も同じ白人だし宗教の因縁も実感として沸かないから分からない。僕はイスラエル人に食事を招待されていたので彼らの隣に座り、反対の隣には欧州人達が座る。僕はどちらの会話にも入れるけれど、どうも落ち着かなかった。
 もしかしたら僕が居ないときには“あの黄色い日本人が”と言われて居るのかも知れないけれど、世界中でそういう経験を多少なりしてきたから、もし言われてももう気にしない。世界に居る殆どの素晴らしい人達の事を考えていないと時間がもったいない。