バイク乗りの気質


 カラファテから数時間北に走ったところにあるチャイテンという村は、登山家達の憧れの美しい岩壁を持つ針のように尖ったフィッツロイ山の麓にある。この村からの景色も十二分に美しいけれど、ここから道路の終点Desierto湖までの36kmは道は悪いが絶景が見れる更にお勧めしたい道だ。帰り道、ルンルン気分で悪路をぶっ飛ばして走っていたら突然現れた深く巨大な水溜りに落っこちて、転びはしなかったが、全身ずぶ濡れになってしまった。往きに迂回路を通ったことをすっかり忘れていた。
 濡れた衣類を乾かす為に急遽泊る事に決めたチャイテンの無料のキャンプ場で仲良くなった若いドイツ人のファルクは、古く珍しいヤマハテネレ600に乗っていた。

オートバイメーカーの世界での力関係を見ると日本の4社が他を圧倒しているけれども南米のバイク旅行の世界ではちょっと面白いことになっている。あくまで僕の目に映ったイメージだが、BMWやホンダが多く、時々ハーレーやスズキ、稀にKTMやカワサキ。ヤマハは先ず見ない。ヤマハには彼のテネレの様な長い旅向けバイクは今は無いから今回の旅行で僅か2台しか見なかったヤマハうちの1台だった。
 それにしてもBMWの勢いは恐ろしい。欧州ではまるで宗教のように高額なBMWが売れているし、ここ南米でも一番目にする旅行者のバイクはBMW1200GSだろう。確かに高速走行では不思議と楽チンだし、フレームの無い車体構成など技術者のこだわりも随所に感じられて面白いバイクだとは思う。でもあの水平対向エンジンの低中速の左右で異なるコーナリング特性やクソ重たい重量感などなど、少なくとも南米の悪路では可愛そうだなあと思ってしまう。或いは僕の大好きな南米の“穴場”の寂れた田舎道には入らず道の良い幹線道路しか走らないのかも知れないが。

昔、自分が開発担当していたある技術の方向性で壁にぶつかっていた時に、関係者のヨーロッパ人に言われたことがある。“技術は日本の方が優れているから信じる道を進めば良いよ。BMWはあのエンブレムがある限りは売れるのだよ。欧州人は本音ではやっぱり欧州ブランドを買いたいからね”と。薄々は分かっていたけれども本音も本音の直球にうなってしまった。
 BMWやハーレーを買いたい気持ちはよく分かる。でも心の中のもう一人のエンジニアとしての自分には、技術がブランドや民族意識に勝てないのが悔しくてたまらない。

キャンプ場にはファルクの他に2人のドイツ人グループが居た。彼らのバイクもBMWのGS。但し彼らの年齢にマッチしたクラシックとも呼べる古いGSだった。一目で愛されてきたことが分かる手入れの行き届いたバイクと如何にもそのオーナーといった雰囲気の優しいおじさん。何だかんだ好みはあれ、結局バイク乗りはバイクが好きでバイク乗りが好きなのだ。BMWのおじさんはビールやドイツから持ってきたという強い酒を、ファルクは自慢の料理を差し入れてくれ、そして僕は何も無いからオートバイの知識を出した。彼等と夜遅くまで満点の星とフィッツロイ山の漆黒の影の下で旅やバイク談義に花を咲かせ、それは翌日の昼まで続いた。

 ファルクはとても変わり者で、世の中の出来事を全て茶番にしてしまうひょうきんで面白い奴だった。エレベーター会社のエンジニアをしていたのだが、酒に酔った時に仲間に“俺はバイクで南米に行く”と豪語したから会社辞めて本当に来ちゃったのだとか。ボリビアでキャンプしている時にテントに居るところを強盗に襲われたそうだが“唐辛子スプレーかけたら目押さえて逃げて行っちゃった”と笑い飛ばしてしまう。バイク乗りは少しおかしな人も多い。