家族との正月


ラスヘラスは特に面白くない街だったのでガソリンを入れたら直ぐに先へ進もうと思ってガソリンスタンドを探していた。街を走っていると誰かに合図されたような気がしたけれども気にせず進んでいると今度は後ろの車がクラクションを鳴らして止まれと合図をしてくる。訳が分からなかったけれど、ガソリンスタンドの場所でも聞こうと思って止まる。運転していた男が出てきてスペイン語で色々と聞いてくる。予定を聞いてくるので“何も無い”と答えると“じゃあ俺の家に来い”と誘ってくれる。彼の名はファビアン(Fabian)。彼自身もバイクで旅行するのが好きでパタゴニアやヨーロッパを旅したことがあるのだそうだ。旅の苦労も出会いの素晴らしさも知っているからバイク旅行者を街で見かけると声をかけるのを楽しみにしているそうだ。
 それからは英語の先生をしている僕と同い歳の彼の奥さんシオバン(Siobhan)、親族、友人などと次々と知り合いになり無機質な街に命が吹き込まれたように急に愛おしい街に変わっていった。丁度この日は大晦日。夜になると彼の両親の家に大勢が集まり年越しのパーティーが開かれた。皆にとてもとても温かく迎えられ、賑やかで楽しい人生で一番想い出に残る年越しだった。0時を廻ると町のあちこちで叫び声と共に花火が上がる。風が強く寒い厳しい自然環境に生きる人達の心の温かさを垣間見たような気がした。

 アズールのGAMAを出てから5日振りに味わう暖かい部屋のある夜。ファビアンはGAMAのホルヘとは友達だという。バイクの世界は小さく、そして繋がっている。>

夜は3時に寝たし旅の疲れもあり翌朝は10時まで目が覚めなかった。起きるとシオバンはもう居なかった。今日は彼女の実家で親戚や友人達とアサードパーティーをすることになっていた。僕が起きるのを待っていてくれたファビアンに連れられて実家に向かう。そこは昨日通って来た荒野の奥にありオアシスの様にぽつんと緑が茂った場所だった。実家は古い農場で“大草原の小さな家”に出てきそうな納屋やイギリスの田舎にありそうな花と緑にあふれる綺麗な庭のついた古い屋敷がある。それもそのはずシオバンの祖父母や両親はイギリスから移住してきたのだから。家の中はイギリスの博物館のようで古い家具や調度品も歴史を感じさせ、まるでシャーロックホームズの世界のようだ。祖父が残したものと思われる黄ばんだ日記を開くと確かに英語で書いてある。色んな国からの移民が南米の歴史を切り開いてきた。そして今彼らの子孫が南米人として南米を支えている。当たり前の事だけれどもとても不思議な感じがする。
 シオバンは当然英語も話すしイギリスのパスポートも持っているからイギリスの親戚を訪ねて働いていたこともあるのだと言う。でも彼女はアルゼンチンのこのラスヘラスで生まれ育ったから、やっぱりアルゼンチンに帰ってくるとホッとしたのだそうだ。二つの祖国。経験できないから僕にはどういう感覚だか想像することしか出来ないけれども、とっても不思議な感覚だ。

この日のアサードの為に農場の羊を1匹殺して彼女がそれを捌いて焼いてくれた。昨日の夜集まった人達や新しい友人家族も来て子供達と卓球やサッカーをしたりと、楽しい1日だった。

翌日出発しようかと迷ったけれど、ファビアンとシオバンに何か小さな恩返しがしたくなって夕食を僕が作ってご馳走することにした。日本では5年ほど自炊経験があるけれども料理には全然興味が無いし一人暮らしの料理だから料理と呼べる料理は作ったことが無い。しかもここでは味噌も醤油も手に入らない。だから開き直って味よりも見た目の美しさにこだわることにしてカボチャをくり抜いて作るスープなどに挑戦した。味はともかく喜んでもらえたので嬉しかった。
 仲良しになった人懐こい男の子ケビン(Kevin)にこの日偶然スーパーで呼び止められてハグをした。とても喜んでくれている様子でこちらもとっても幸せな気分になった。彼らに会いにまたここへ来たい。

ファビアンの主催するパタゴニアのバイククラブのサイト    http://www.motospatagonia.com.ar/