秘境核心部


渡れなかった川の先のルートを諦めきれず、翌日別の道で川の先に挑戦することにした。計算するとガソリンが足りないので一旦ガソリンが手に入る部落まで戻って再び山を目指した。

途中アルゼンチンの国境警備隊の基地で話を聞くと、ルートは実在するが車が通ることは殆ど無いとのことだった。話は具体的でようやく信用がおける情報だった。
 情報通り小さな川渡りが連続し、しばらく川の中がルートだったり、とても地図に載せるようなルートではないことが分かる。ここは短い夏の間だけ牧畜を放牧する場所になっていて、それ以外は完全に無人になる場所なのだ。何人かのガウチョ(馬に乗って牧畜を移動させる人)と挨拶をしてすれ違った。彼らはここに居るあいだ、石を積み上げた粗末な小屋に住んで過ごす。素朴な人達だが酒飲みも多く、会うと酒を分けてくれと言われることもあった。
 信じられないほど美しい谷を抜けると今度は夢の様に綺麗な湖が現れる。Varvarco湖、昨日渡れなかった川の始点だ。湖畔には僕がガソリンを買いに行っている間に先行していたスイス人のカミオンが居た。僕と同じルートを目指しているのだ。そしてもう1台、Neuquenから釣りに来ている陽気で少し粗野な感じのアルゼンチン人4人組みがテントを張っていた。
 ここでまたスイス人夫妻に招待されて優雅な夕食をご馳走になり、夜も4人組のアルゼンチン人に呼ばれて焚き火を囲んで彼らの釣ったマスやアサード、ワインをご馳走になりながら賑やかな時間を過ごした。スイス人夫妻はアルゼンチン人と関わろうとしないし4人組も関心を示さないけれど、僕はどちらからも声がかかる。こんな所に一人でバイクで来る人、しかも日本人はまずいないから面白がってくれているみたいだ。僕はとても運が良い男だ。

 ここは標高2000m、夜はかなり冷え込む。空には天の川、南十字星が輝いていた。翌朝テントから出ると背後の山の上から僕の名前を叫ぶ声がする。4人組の彼らだ。一足早く起きて歩いて山を越えて隣の湖へ釣りに行くところだった。お互い何度も手を振って別れを惜しんだ。出会いの場所はその人の印象さえも決めてしまうことがある。共有した時間以上にそのスイス人夫妻や4人組の事が深く印象に残っている。

 テントを片付けると、湖に注ぐ川を渡り道無き道をかすかな車の痕跡を頼りに走り出した。ここはもう僕の地図には載っていない区間。草原、岩だらけの道、急な斜面をジグザグに登るガレ場、氷河の残る2700mの峠、草木が無い火星の表面のような稜線、まるでオフロードバイクのレースに出てきそうな凄まじい悪路、川渡りの連続、落ちたらもれなく天国に行ける永遠と続く山を縫う道、山肌に爪で引っ掻いた様に見えるジグザグやカーブ、登り下りの連続。どの瞬間も宝石の様に美しく瞬きするのが惜しいくらいの大満足のルートだ。40号線のBarrancasに出るまで5時間、100km1台の車にも会わなかった。むしろこんな所で車に会う方が奇跡に近いだろう。車なら車高の高い4WDと運転手の度胸がなければこんなルートは絶対不可能だ。バイクでも荷物が多かったらあまりお勧めできないし、初心者なら何度も転ぶ覚悟が必要だ。後日スイス人からメールで同じ区間を無事通過している写真が送られてきた。4WDとは言え、あんなに大きなカミオンで無事だったとは彼らは真の冒険者だ。