開発と自然


だんだん景色や走りを楽しむ余裕も出てきた。南部の風景の迫力には適わないけれど、身近な自然といった感じの川や湖、氷河や海はやはり魅力的だった。チャイテンの村はずれにある広くて綺麗なキャンプ場には僕の他に一組の自転車旅行者しか居なかった。目の前の海岸で貝や海草をとってスープにして食べた。朝、目の前をイルカの群れが通り過ぎ、暫くするとラッコが2匹水面から顔を出してキスをしていた。

 チャイテンの船会社のオフィスで1月2月のみ運行しているCaretaGonzaloからHornopirenへ向かう翌朝のフェリーのチケットを買う。6時間の船旅で22400ペソ(5000円)。そのフェリー乗り場は林道がプツンと途切れた静かな入り江にある。キャンプ場と観光案内所がある以外に何も無い。

観光案内所に置いてあった写真集が目を引いた。綺麗なパタゴニアの風景に鉄塔や送電線が写っている写真集だった。確かにチリに入ってからカメラのファインダーの中に送電線などを捕らえアングルを変えたり撮る事を諦めたりしたことが何度もあった。案内所の人がチリのパタゴニアが抱える問題を話してくれた。
 チリは銅の輸出が国の重要な産業になっている。パタゴニアの銅鉱山に必要な電力を供給するためにダムを作り、長い送電線でつなげる。送電線の敷設や保守管理には林道が必要で、それが7号線だったりするのだ。7号線はここで海に分断されているから仲の悪いアルゼンチンを経由しないかぎり陸路物資を運ぶことが出来ない。今この区間を繋げようとする話もあるらしい。それは住民や観光客のためではなく銅のためだ。道路の開通は今まで守られてきたこの地の自然を更に壊していくことにもなる。そう主張して反対する人も何らかの形で銅の恩恵は受けているはずだ。僕も作られた林道のお陰でここを旅できたから大きなことは言えないのかも知れない。人は開発と環境保全の狭間、言い換えれば人間のエゴとエゴの狭間でバランスを取りながら生きなければならない難しい時代にいる。

 翌朝フェリーに乗り込もうとしている時、ラッコが海から顔を出し船を不思議そうに見ている。陸に上がってきて目の前を横切り再び海の中へ消えていった。やはり僕ら人間はどうやら場違いな場所に居るのかもしれない。