強風との戦い


2008.1.12〜1.18 アルゼンチン
カラファテ → ペリトモレノ氷河 → フィツロイ山 → ラスマノス洞窟 → ロバロス峠 → ロスアンティゴス
El Calafate → Gl.Perito Moreno → Mt.Fitz Roy → Cuevas de Las Manos → Paso Roballos → Los Antiguos)

彼等のバイクと僕のバイクの大きな違いは排気量だ。彼らは少なくとも600cc以上なのに僕のは250ccしかない。最初から分かっていた事ではあるが、アスファルトの上では彼らに大分引けを取った。特に40号をカラファテへ北上する道路は風が猛烈に強く、アクセル全開なのに最高速度が50kmしか出ない時もあって町までガソリンが足りるかヒヤヒヤした。もう一つまずまず困ったのは小便をするタイミングだった。寒いから直ぐに尿意を催し道端で立ちションをすることになる。幹線道路国道40号の中でも有名な観光地に挟まれた比較的交通量の多い区間とは言っても前後地平線まで車が見えないことも多いくらいだし、そもそも男だから何の気兼ねもない。ただ余りにも強い風に注意しなければならないのだ。もちろん自分の小便を浴びたくないから風下に向かって立つのだが、自分の体の前に縦に巻く風の渦ができるのだろう、飛沫が顔にかかるのだ。風の強弱のリズムを読んで弱い時に多くを出し切らなければならない。風が強まると途中でやめなければならない。慣れないとなかなか苦戦する。風待ちでチャックを下ろしたまま道路に背を向けて立っているとワゴン車が停まってくれたことがあった。バイクが壊れたかガス欠になって途方に暮れているとでも思ったのだろう。南米の人は本当に親切なのだが、この時ばかりは有難迷惑だった。

そんなこんなで無事カラファテに到着した。カラファテはペリトモレノ氷河への観光基地などとして非常に有名なところだが、それだけに街には土産物屋やペンション、洒落た喫茶店などなどがひしめき合う。同じく国立公園への玄関の町チリのプンタナタレスと比べると観光客の数も遥かに多く騒々しい。それはそれで一つの魅力だけれど、一人でこういう町に居てもあまり面白くは無い。まだ日没まで時間があったので夕暮れの氷河を見に行きその近くでキャンプ場を探すことに決め食料を買い込んで出発した。

昼間なら観光バスなどで賑わうであろう道路も夕方の7時にはガラガラだ。氷河へ続く行き止まりの道は国立公園に指定されているから入園料がかかるけれども7時を過ぎると徴収員が帰ってしまうらしく無料で入れた。数人しか居ない展望台で日没の9時頃まで刻々と表情を変える氷河や遠くでこだまする氷河の崩れ落ちる音を聞いていた。

帰国後の7月、現地の季節は真冬、この氷河が57年振りの大崩落をしたというニュースを見た。通常の崩落は夏にあるのだが温暖化の影響があるのだろうか。因果関係を安易に結論つける事は出来ないが、自分の知っている景色が世界でどんどんと変わっていく様を見ると、報道されている地球温暖化、環境問題も自分の中で現実味を帯びて考えさせられる。この半世紀に世界は人間が対応できる限界を超える変化を遂げようとしているのだなと感じる。1つの国や企業や団体にこの流れを止める事を期待するのはもう無駄だろう。自分に何が出来るのか、答えは今出さないといけない。

 氷河湖の入り江の対岸にあるキャンプ場まで、ヘッドライトの前を横切るウサギ達に気をつけながら50kmダートを走った。有料のキャンプ場は満員だからと断られたけれど、紹介してもらった無料の殆ど人の居ないキャンプ場はトイレすら無いただの草原だったけれど素晴らしかった。目の前に氷河湖を望み、近くに氷河があるとは思えないほど昼間は暖かく裸で過ごせるほどで夜も風は弱かった。野鳥がさえずり、コンドルが舞い、少し先をキツネが横切っていた。馬の群れがテントの横を駆け抜けて行ったときにはさすがにびっくりした。寒さと強風の日々のあとのあまりの平和な雰囲気に時間を忘れ2日間を過ごした。