チリの魅力と憂鬱


チリ最南端の町、プンタアレーナスはウシュアイアと同じように大きな町だけれども、もう少し生活観が見える別の魅力のある町だ。僕にとっての一番の魅力は食事だった。アルゼンチンに居ると殆ど魚料理に巡り合う事が無い。肉は肉で美味いのだが、魚を食べて育つ日本人には少々食傷気味になる。チリに行くと魚介類が食べられると聞いていたのでとても楽しみにしていた。案の定、立ち寄ったスーパーの2階の庶民的なレストランには貝のスープや魚料理のバイキングがあり、冷えた体に染み渡る久々の美味しさに至福の時を味わった。
 初めてのチリの町なので、どんな違いがあるのだろうかと注目していたのだが、微妙な違いがあった。人の服装、道路、町並み、車の種類や新しさからはモダンで多少経済状態が良い印象を受ける。人も南米人特有の雰囲気はあるのだけれど、やや日本人のようなしんみりした或いは欧州人のようなクールな雰囲気を持っている人も多いように見える。
 この町で夜を過ごすか迷ったけれど、もしかしたら北のプンタナタレスでフィルと再会できるかも知れないと思い、町を離れた。

 プンタナタレスまでは交通量が極端に少ないのどかで快適な道9号線を北上する。アルゼンチンの海側の平坦な景色に比べて遠くの雄大な山が迫ってくるから飽きないどころかわくわくする。冷たすぎる風さえなければ言う事は無い。静かな入り江に現れるプンタナタレスの小さな町はパタゴニアでも有名な国立公園トーレデパイネの玄関口、静かで洒落た雰囲気が漂う。大衆向けというより旅行通向けといった観光地だ。南米各地やヨーロッパから来た金持ち達のランドクルーザーなどジープタイプの車がそこここに停まっている。

 チリに入国して
1日経ち、チリの通貨感覚にも何となく慣れてきて驚いたのはアルゼンチンとの物価の違いだった。何とか見つけた安宿の宿泊料は6000ペソ(1500円)。アルゼンチンの同レベルの宿の倍はする。レストランやガソリンは日本より高い。ガソリンはパタゴニアでは180円程度とアルゼンチンの3倍以上もするからバイク旅行には深刻だ。極めつけは翌日行ったトーレデパイネ国立公園。入園料15000ペソ(3800円)でキャンプするにも14000ペソかかる。さすがにこれには僕だけではなく出会ったバイク旅行者みんなが不満をもらしていた。
 長い旅をするバイク旅行者や自転車旅行者の懐は限られている。みんな旅を長く快適に続けられるように色んな工夫をしている。僕に限らず車やバイクの人は誰もがアルゼンチンを出るときにはガソリンを満タンにする。無料のキャンプ場や荒野にテントを張るのはそれが楽しいからだけではなく勿論節約の意味もある。中にはパタゴニアの目玉の一つであるここを素通りしてアルゼンチンに戻ってしまう選択をする人もいた。
 彼らの気持ちはよく分かるが、ここばかりは見逃してしまうには余りに勿体無い場所だった。エメラルドグリーンに乳白色の混ざった色をした美しい氷河湖から垂直に聳え立つ巨大な岸壁と押し寄せる氷河の神がかった荘厳さは、有名なアルゼンチンの観光地ペリトモレノ氷河やフィッツロイ、バリロチェなどよりも印象深い。観光客をアルゼンチン側に取られ、その魅力を人々に伝え損ねているチリは勿体無いことをしていると思う。