ブラジル国境


 国境の街プエルトスアレスにはブラジルナンバーの車がたくさんいる。特にガソリンスタンドはブラジルの車で大盛況だ。ガソリン、ビールなどボリビアの物価は圧倒的に安いので国境を越えて買出しに来る。例えばレギュラーガソリンはボリビア50円に対しブラジルは産油国だし安いアルコールを混ぜているくせに日本よりも高く160円くらい。ブラジル製の輸出専用ビールが売っているがブラジルの酒税がかかっていないので半額以下で買える。そしてそれがブラジルに逆輸入される。
 正確には密輸になるが、ブラジル国境は身分証提示も荷物検査も無く自由に行き来できる。誰もがやっていることなので係官もそれぐらいは知っている。万一検査されそうになったら係官にちょっと袖の下を渡せば良いのだという話も聞いた。もちろんブラジルで盗まれたバイクもここを通ってボリビアに運ばれていくし、ボリビアのコカインなども簡単に入ってこれる。しかしブラジル国境は完全なザルでもない。最近若い日本人がここでコカインを密輸したのがバレて牢屋に入ったらしい。

 ブラジルは凶悪犯罪が多く、1日30人が殺されると言われているし、数十ドルで殺人を請け負う会社もある国だからブラジルの刑務所はどこも定員を遥かに超える囚人を収容していて、マフィアの温床にもなっている。凄い話はたくさんある。刑務所の屋上にヘリコプターを乗り付けて仲間のマフィアを救出。マフィア同士の抗争から逃れるために一時刑務所に避難するマフィア。刑務官との癒着、撃ちあい。刑務所の中では携帯電話も使われているし、サッカーワールドカップが見たいと暴動になってテレビも入った。妻や恋人とベッドを共にする日も設けられている。飼いならした伝書鳩で麻薬を運ばせるなんて話は律儀な方で、中で堂々と売買も行われているとか。間違ってもブラジルの刑務所には入りたくないものだ。

 国境はあっけない。川を渡るわけでも無く国境のゲートを越えると別の国という感覚は何度経験しても島国の日本育ちには不思議だ。僕は満タンのガソリンとバッグに入るだけの数本のビールを持ってブラジル側に入ったが、もう夕方だった為か国境の建物には係官すら居なかった。
 しかしパスポートに入国のスタンプを貰わないと出国の時に問題になるので近くの人に聞いてみると、明日街にある連邦警察(Policia Federal)に行けばいいと言う。チリと比べて何と大らかな事か。そうかと思うと観光ビザが必要だったりする。そんな気まぐれないい加減さがブラジルらしい。

 コルンバは初めてなのにやはり僕の知っているブラジルの雰囲気を感じる。何がブラジルの雰囲気なのかと聞かれると説明するのは難しい。独特の喧騒、人種の混じり具合、街の作り、荒い運転。いつも明らかに気が付くのはサトウキビから作られるエタノール燃料の車の排気ガスの甘酸っぱい匂いだ。都市に行くと街全体がそんな匂いに包まれている。
 最近のブラジルの自動車の主流はFlexFuel、つまりエンジンがエタノール100%からガソリン100%まで、或いはその中間の混合比全てに対応するものだ。現在ガソリンとして売られているものにも既に25%のアルコールが混じっているし、アルコール100%燃料もどこでも手に入るしガソリンより安い。更にはアルコールよりも安い天然ガスのボンベを搭載している車も多い。僕のバイクはブラジルホンダ製なのでエタノール25%ガソリンで走るように設計されている。だからボリビアからブラジルの燃料に変えたときに僅かながら走りが良くなった様に感じた。もっとも遂にブラジルに帰ってきて心が軽くなったせいの方が大きいのだろうが。

 ブラジルは故郷でもないしポルトガル語が分かるわけでもないのに、スペイン語圏からブラジルに戻ってくると安心したのは不思議だ。多分ブラジルでの会社員時代の想い出、楽しい友人達のことを思うからだろうか。入国の夜、早速公衆電話から友人のデバニールに電話をした。電話だから彼の得意なジェスチャーも見れないし僕のたどたどしいポルトガル語では会話は大変だ。でも久々に友人の声が聞こえて闇の中で1人にんまりしていた。
 
街で声をかけたバイクの青年が案内してくれたホテルは安くて高かった。エアコン付きで一泊30レアル(1900円)はブラジルを出る前なら安いと思っていた値段だが、国境のボリビア側の同じレベルの部屋なら何泊もできるだろう。